令和元年度が始まります。新しい天皇の即位やその他の祝日が重なって、最初から連休が続きます。

例年、5月の連休明けに、折角幼稚園という環境に慣れてきた年少児のうちの幾人かは、入園当初に近い姿に戻ってしまうという現象を多くの幼稚園が経験するという話を聞きますが、今年は十日も連休が続くせいでこの心配は少し大きくなりそうです。

連休、お出掛け、ご行楽。主にテレビ等、マスコミ各社はこぞって、ここがお勧め。ここの何が美味しい。等の情報を流し、視聴者にその通り行動するよう仕向けますが、そういった情報に踊らされず、真にこの家族で何がしたいのかを、良く考えて行動されるのが良いと思います。

何々さん家はどこに行った、何さんの家は○○ということを聞くと、自分もそうしなくてはという考えになりがちですが、大人ではない子どもからの視点に沿うと、場所はあまり関係なかったりもします。

何故なら、本来子どもというものは、何気ないもので楽しく遊ぶ能力・力をもっているからです。

典型的な例は、砂場。砂・シャベル・バケツなどがあれば、大抵の子どもは小一時間楽しく幸せに過ごせます。大人には到底不可能な、ある意味凄い力です。そしてこれを消失させていくのは、現代の消費中心型社会です。砂・土・水など、自然物で楽しく遊ばれたのでは殆ど利潤が出ないからです。

ファンタジーの金字塔「ゲド戦記」を日本語訳した清水 眞砂子さんは、著書「幸福に驚く力」(かもがわ出版)の中、「ささやかなことがらが支えてくれる」という項で、

現代は消費とイベントに殆ど覆い尽くされており、生きていくのに本当に大切なことを、それがわからなくさせている。学生に授業中(清水さんは元青山学院女子短期大学児童学科教授)「子ども時代の一番幸福な思い出は?」と聞いたところ、どこかに連れて行ってもらったこと。何かを買ってもらったことがほぼ全部を占めた。「その二つ以外のことで」と聞くと、本当にいいものが次々と出てきて、とても地味だったり、些細なことながら光をもち、心がうたれる一人一人の物語が語られ始めた。こんなに素敵なことを感じとっているのに消費とイベントが見えなくさせてしまっているのだなぁ。そういう日常のささいなことが実は人を支えていくのになぁ。と述べておられました。

また、松居 和さん(元埼玉県教育委員)は講演で、

あるお母さんが、たまたまお父さんの仕事が休みで、一緒に幼稚園の迎えに行った帰り道。父と子が何気なく手を繋いで並んで歩いている姿を後ろから見ていて、何故か涙が溢れてきた。幸せってこういうことなんだなぁ。と感じたという話を聞きました。幸せというものは、「幸せのものさし」を変えればどこにでもあるものです。と述べておられました。

心に深く刻まれ、残るもの。そしてその子・その人を長く支えるものは意外に身近にあったりします。

皆さんは、この連休はどう過ごされるのでしょう。度々申し上げているよう、できればお子さんに「娯楽=消費」ではなく、「遊び=創造」の時間・経験を多くさせていただけると、当園の教職員一同は嬉しく、またありがたく存じます。
(幼稚園便り 2019.5月号より)